幼少期のトラウマの影響を振り返ってみた!ぼっちだった保育園と小学校での話

エピコの備忘録

“トラウマ”という言葉はよく聞く言葉ですよね。

「トラウマがあって怖い」「トラウマで昔の記憶がフラッシュバックした」など、‟トラウマ”を抱えている人は、表からは見えない心の傷に苦しく思うでしょう。

普段元気に過ごしている人でも大小関わらず、誰にでもトラウマがあるのではないかと、管理人は思っています。

ましてやそれが幼少期の記憶だとしたら、ずっと抱えていくことになりますよね。

この記事では、保育園と小学校で起こった私の実体験を元に、幼少期のトラウマの影響を振り返ってみました。

トラウマとは

トラウマ(Psychological trauma)とは、心的外傷を指します。

トラウマになるような強烈な出来事が起こった後、日常生活にまで支障をきたす強烈な不快感を引き起こしている状態をPTSDと言います。

強烈な記憶により、過去のトラウマとなった状況と同じまたは似たような場面でフラッシュバックが起こり、場合によっては

  • パニックになってしまう
  • その場から動けなくなって体が硬直してしまう
  • 過呼吸になってしまう

などを引き起こしてしまう可能性があります。

トラウマを克服するためには、医療やカウンセリングなどによる適切な治療が必要になってくると管理人は考えています。

トラウマになる原因とは?

トラウマは、過去に起こった多種多様な体験によって生じると言われています。

例えば、暴力行為やネグレクト(育児放棄)による日常的に繰り返された児童虐待や、地震・津波・火災などの天災による自然災害、偶然にも巻き込まれてしまった性被害・事故・犯罪による非日常的な恐怖体験が原因の一つであると考えられます。

親がしつけと称して暴力や暴言を日常的に受けていたり、子供の目の前で繰り広げられた両親の喧嘩をであったり、療育者が頻繁に変わるなどの苦しい体験をすると「自分もそのうち酷い目に合う」「自分のせいでこんな事になった」「近い将来親に捨てられる」と恐怖心を抱きます。

そういった恐怖心を抱き続けていると、子供は自分の感情や言動を抑えるようになり、自身の様々な感情に気付きながらもそれを適切に表現することが分からないまま、誰にも相談できずに大人になってしまいます。

幼少期のトラウマ

幼少期のトラウマは、大人になった後も、ふとした瞬間に強烈な記憶として蘇ります。

本来ならば、安全地帯の親の元で守られながら過ごす幼少期ですが、残念ながら全ての親が子供の安全地帯になる訳ではありません。

親が健全な安全地帯になっていたとしても、外部には悪い大人もたくさんいて、親のいない隙に(安全地帯から出たとき)に攻撃される場合もあります。

大人になるにつれて様々な経験をし、身を守るすべとして防御と攻撃を覚えていくわけですが、まだ未熟な幼少期に一歩的な攻撃や適切に守られなかった場合はどうなるでしょうか。

自分は守ってもらえない、雑に扱われる存在なんだと思うようになり、自尊心が低い子供のまま成長していきます。

自尊心とは、「自分を尊く思う心」と書きます。

この自尊心が低いということは、自分を大切に思い、自分には価値があると思う気持ちを十分に育てることが出来ないまま大人になってしまうということです。

不登園をした保育園児時代

私は、幼少期から声が小さく活発ではない、大人しい子供でした。

朝に早く起きることや集団行動が苦手で、遅刻は日常茶飯事だった為、仲がいい友達を作ることも出来ませんでした。

なので、いつも一人で折り紙やお絵描き、土遊びをしていた記憶があります。

常に一人遊びをしていたからなのか仲の良い友達は出来ずにいました。

先生に促され数人で遊んでいる子達に仲間にいれて貰おうとし、女の子独特の空気感に付いていけずに、気が付けば避けられるようになってしまいました。

そうして、いつも殆ど一人で過ごしていると、ある先生からいじめを受けるようになってしまったのです。

その先生は、比較的大人しく、お迎えがお年寄り等の子供をターゲットにストレス発散をしているようでした。

いじめというか虐待だと思いますが、幼かった私には何がなんだか分かりません。

いじめ内容を軽く言うと、

  • 給食費を別の先生に渡したのに、その先生は貰っていないとクラスのみんなの前で怒鳴り椅子を振り回した。
  • お昼寝の時間に隣の子とヒソヒソ話していたら、私だけ怒鳴られ頭を叩かれた。
  • トイレの扉を閉めてもいい年齢だったのに、「お前はガキだから開けてしろ」と怒鳴られる。

と言うようなことがあり、小学校に上がる1年ほど前から保育園には行けなくなってしまいました。

本が友達だった小学生時代

保育園時代から友達もおらず、小学校に上がる1年ほど前から保育園にも行かなくなってしまったので当然、小学校でも友達はすぐには出来ませんでした。

周りは保育園や幼稚園の友達を引き継いでいる子が多かったので、すぐに友達を形成していて子供ながらに「何でそんなにすぐに仲良くできるんだ…すごいな」と思った記憶があります。

幼いころから1人で空想の中で遊ぶことが好きで、クラスの友達と集団下校しても全然楽しいと思えませんでした。

学校の休み時間も友達と何を話せばよいのか分からなかったので、ずっと本を読んでいました。

本の中には、人の心の描写も描かれていて、自分以外の人の考えが知れることがとても新鮮で楽しく思えたのです。

本を読んでいると、同じ本好きの人から「この本も面白いよ」と勧められることもあり、本を介して人と繋がれる経験をしました。

トラウマが人生に与える影響

トラウマになるほどの体験を心身機能が未熟な幼い子供の頃にした場合は、大きな心の傷となって生涯を通して残ることがあります。

特に子供の事に体験したトラウマは、その後の長い人生に深い傷を残し辛く悲しい感情を植え付け、トラウマになった出来事と同じまたは似ている場所や状況を避けようとします。

強烈な恐怖心を感じトラウマになったのだから当たり前の反応ですよね。

これによって、行動範囲が制限されてしまうこともあるでしょう。

トラウマを体験した子供は、体験した出来事が日常的になっていて、それらを問題のある事柄だと認識していなかったり、辛くて悲しい嫌な記憶そのものが防御反応によって記憶が抜け落ち忘却されている場合もあります。

大人になって自分の生きづらさを自覚し、それが幼少期に負ったトラウマが原因であったと気が付くことも少なくないでしょう。

幼少期に受けた傷は、長期の潜伏期間を経て、成人した後に出現することもあるのです。

私のトラウマの影響

私は、幼少期の集団生活での失敗がトラウマに結び付き、大人になっても対人関係に悩みました。

今でも人とどの様に関わっていいのか分からないと思うことが多く、同じような失敗ばかりを繰り返しているような気がします。

今後どのようにして自分にストレスがかからずに対人関係を築いていくか、これから生きて行く上での課題なのだと考えています。

おわりに

トラウマの影響は、生きて行く上で”足かせのようなもの”ではないでしょうか。

あまり悲観的になってしまうと生きて行く上で辛くなってしまうので「辛いことあったし今でもつらいと思うこともあるけど、結構よくやってるよ。」と、自分に声を掛けてあげています。

今、辛いと思っている人も自分を労わる気持ちだけは、忘れないでくださいね。

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